エンゼル便り

2009.07.01

「あなたにさよならって言えるのは今日だけ 明日になってまたあなたの暖かい手に〜 」
最近中居正広さん主演の月9ドラマ「婚カツ」でも紹介されていますが、婚活(結婚活動)がブームになっているようです。そこで今回はこの歌を題材にしました。この歌はもともとはフォークグループ「かぐや姫」のアルバムに入っていた曲で「かぐや姫」としてはシングルカットしていなかったので、その時は「かぐや姫」ファンだけにしか知られていなかったのですが、「かぐや姫」解散後メンバーの伊勢正三さんが新しいフォークデュオの「風」を結成し、デビューシングルとして昭和50年にこの「22才の別れ」を発表されそれが大ヒットしたため、この曲は全国に知られるようになりました。
伊勢正三さんと言ってもピンと来ないかもしれませんが、この「22才の別れ」が入っている「かぐや姫」のアルバムの中の収録曲は12曲でその中で伊勢正三さんが作った曲は2曲だけだったのですが、その2曲というのがこの「22才の別れ」ともうひとつはイルカさんが歌って大ヒットした「なごり雪」ですので、その才能は素晴らしいものだと思います。私は「かぐや姫」の「神田川」を聴いたときに私もギターが弾けるようになりたいという気持ちになり、我が家には兄がギター大好き人間であったためギターが何本もあったので、兄からひとつもらって自己流でギターを楽しんでいました。この「22才の別れ」はイントロのところが好きでまたスリーフィンガーという手法の弾き方で難度が高かったのですが何とか弾けるようになり、私のギターの実力は中級の下くらいだとは思いますがスリーフィンガーの手法で初めて弾けるようになった曲がこの歌でした。
ところで「婚活」から何故この歌がイメージしたのかについて書いてみます。私はこの曲を初めて知ったのが高校生の時で10代の半ばでした。その時にこの22才というのはまだまだ先のことであったのとその当時の女性の結婚適齢期が23〜24才だったので、22才というのはもうすっかり大人であるということを感じていました。それと歌詞で
「私には鏡に映ったあなたの姿を見つけられずに 私の目の前にあった幸せにすがりついてしまった」
「今はただ5年の月日が長すぎた春と言えるだけです あなたの知らないところへ嫁いで行く私にとって」
というところで、この歌詞の中の2人はたぶん男性は夢を追い求めてまた女性は家庭を求めていたのだと思いますが、女性がやはり早くしないと適齢期を過ぎてしまうという不安から家庭を求めたために、22才で別れを切り出し他の男性のところに嫁いで行ったのではという背景を感じたので「婚活」からこの歌がイメージされました。
今の若い女性には信じられないかもしれませんが、ほんの30年前までの女性には結婚に対してこのような気持ちであったのだろうと思います。(私は男性なので、ここで書いたことは間違った解釈かもしれません)
男女雇用機会均等などで女性の社会進出が昔と異なり、またその女性たちの活躍も素晴らしい部分があり社会が女性の力を必要としていることで、女性が家庭に縛られなくなった時代であるため、結婚するということが昔よりも難しくなってきているので自治体も婚活の支援に力を入れているようですが、出会いを作る方法としてとても良いことであると思います。
最後にこの歌のことを書いていたら、急にギターを弾きたくなって押入れからギターを出してきましたが弦が1本切れていました。たまには手入れをしてあげないとギターの方も怒っていると思います。皆さんにも同じようなことがあると思いますので、趣味で使っていたものはたまには陽の目を見させてあげましょう。


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2009.06.18

「果てしない大空と広い大地のその中で いつの日か幸せを自分の腕でつかむよう〜 」
6月の初旬から中旬にかけて北海道はYOSAKOIソーラン祭りで熱く燃えています。そこで今回は北海道のイメージの歌手である松山千春さんのこの曲を題材にしました。この曲はシングルカットにはなっていない曲でアルバムの中の曲ですが、メロディーと松山さんの歌声が丁度この題名のように広く澄みわたり、歌詞がまた疲れた人々に元気を与えてくれるため、松山さんの代表曲のひとつとして評価されています。
「こごえた両手に息を吹きかけて しばれた体をあたためて〜 」
「生きる事がつらいとか苦しいだとか言う前に 野に育つ花ならば力の限り生きてやれ〜 」
この歌は松山さんの地元の友人で確か牧場で働いている友人のために作った曲です。北海道の厳しい自然と闘いながら頑張っている友人への応援歌だそうです。だけど松山さんもその友人の生き様や黙々と働いている姿などを見て逆に励まされて、自然とこの曲が出来たのではないでしょうか。「野に育つ花ならば〜 」というのがその友人の姿だったのだと思います。
北海道には残念ながらまだ一度も行ったことがないのですが、行った人からの情報だととにかく広いという印象がすごいみたいです。海の水平線というのは何度も見たことがありますが、地平線というのは新婚旅行で行ったオーストラリアの1度だけですけど恐らく北海道もこのような感じなのでしょう。私が初めて地平線を見た時、空がこんなにも広いのにただただ感激しましたが、北海道もそのように空の広さを感じさせてくれるところだと想像しています。
ところでYOSAKOIソーラン祭りについてですが、これは1991年8月に一人の学生が高知のよさこい祭りを見たことから始まりました。その学生は高知の街中で聴こえるよさこい節と鳴子のリズムと自分と同年代の若者が祭りにすすんで参加してキラキラと輝いている姿に感動しました。もちろん北海道でも各地で様々な祭りが行なわれていましたが、その当時北海道民みんなが参加し楽しめる大きな祭りはなかったのです。そこでそんな祭りをやってみたいという気持ちから仲間を集め、当初は取り合ってもくれなかった人達も次第に彼らの熱意に賛同し始めて、学生が考えた新しい祭りとして高知のよさこい祭りと北海道の民謡ソーラン節を組み合わせたYOSAKOIソーラン祭りが開催され、信じられないスピードで多くの人達の心を動かし、昨年の祭りでは参加チーム330、参加人数33000人、観客動員数のべ約202万人で、祭りにおける経済効果も約245億円と初夏の北海道(札幌)の風物詩として定着しました。
YOSAKOIソーラン祭りの踊りの決め事は①鳴子を持って踊ること②演舞に使う曲にソーラン節のフレーズを入れることの二つが守られれば踊りも曲も自由であることが特徴です。このYOSAKOIソーランの影響で全国いたる所にその県の代表的な民謡とコラボしたご当地の踊りが出来ています。我が福井県はイッチョライ節というのがあり、それでYOSAKOIイッチョライというのがいろいろなイベントの出し物として活躍しております。私の妻はこれにはまっておりストレス解消には最高のようです。夏や秋のイベント時期にはもう日曜日はほとんどYOSAKOIイッチョライに出場しています。妻の元気さを見ながら、私も何かやらなければと思っている今日この頃です。


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2009.06.01

「小さい頃は神様がいて 不思議に夢をかなえてくれた やさしい気持ちで目覚めた朝は おとなになっても奇跡はおこるよ〜 」
今回は前回に続きまして松任谷由実(荒井由実)さんの作品で、今回はご本人が歌っているこの曲を題材にしました。つい最近テレビで松任谷由実さんがこの曲を歌っているのを久しぶりに聴き、その時にあらためてこの曲の歌詞をじっくりと味わうことがあったので題材にしました。初めてこの曲に出会ったのは高校生の時で、この「小さい頃は神様がいて 不思議に夢をかなえてくれた〜」という部分がやけに納得させられたような思いがしました。その時高校生の自分もまだまだ子供だったのですが、それでも何かに流されているというか我慢をしないと上手く生きていけないというか、大人になれないというような感覚であったので、小さい子供というのは純粋で正直であるからこそ神様がいたのかなと思っていました。でもつい最近テレビでこの曲を聴いた時は今述べた歌詞の部分ではなくて、その次に来る「やさしい気持ちで目覚めた朝は おとなになっても奇跡はおこるよ」の部分に深みを感じました。そして人はだんだん年を取っていくと子供に帰っていくというのをどこかで聞いたことを思い出し、またそれと同時に10年くらい前に少し流行したことばの「老人力」というのも思い出しました。「老人力」は赤瀬川原平さんが出した本の題名で、その中で「老人力」というのは次のように説明してあります。
 『ふつうは歳をとったとか、モーロクしたとか、あいつもだいぶボケたとかいうんだけど、そのことばの代わりに「あいつも老人力がついてきたな」というふうにいうのである。そうすると何だか、歳をとることに積極性が出てきてなかなかいい。』
考え方ひとつというか、ことばの使い方で全然感じ方が変わります。そしてまた次のようにも述べてます。
 『力を抜くには抜く力がいるもので、老人になれば自然に老人力がついて力は抜ける』
これも生きていくには力を入れてがんばらなければならないのですが、若い時は全てに力を入れ過ぎるためにストレスが異常に高まるものですが、この老人力によりますと「力を抜く」というのは「何かをしない」というのではなく、「少し力を抜いて何かをする」というのがいいと言っているのだと思います。でもこのような境地に行くのは、若い時にささやかな生き方でもその中で一生懸命に生きてきた人が老人になった時に行き着くものだと思います。
仕事柄、高齢の患者さんに接することが多くありますが、その高齢の患者さんの中に「お医者さんや薬剤師さんにいろいろ詳しく説明は聞いてもその時はわかってもすぐ忘れてしまう。何かあった時はその時のことでお医者さんのするようにもうまかせている」と笑顔で薬を受け取ってくれる患者さんがいます。その患者さんの笑顔を見ると逆に病気でない私の方も元気がもらえます。丁度幼い子供があらゆることに興味を示すまなざしと同じような目をしています。全ての人がこのような人になるとはいえませんが、童話の「アリとキリギリス」ではありませんが若い時にその時その時に一生懸命に生きてきた人は、年齢を取ってから子供に帰り神様が見守っているのではないかなと思いました。私もこのような老人になりたいと思うし、それと同時に今を出来る範囲の中で一生懸命に生きる大切さを教えてもらった気がします。
最後に私の同年代の人に、もの忘れが出てきても年を取ったなと思うのではなく「老人力」がついてきたのだと思いながら生きていきましょう。


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2009.05.16

「いつか君と行った映画がまた来る 授業を抜け出して二人で出かけた〜 」(作詞・作曲荒井由実)
今回は先日テレビの歌番組を見ていてたまたまこの歌の紹介をしており、つい懐かしくなりましたのでこの歌を題材にしました。この曲は1975年(昭和50年)に発売された曲で、ばんばひろふみさんがいるフォークグループ(バンバン)が歌っていた曲で大ヒットした曲であります。ばんばひろふみさんは「SACHIKO」などのヒット曲も出しラジオのパーソナリティーなどで現在も活躍中ですが、バンバンを結成した当時は出す曲が全然売れずに行き詰まっていた時に、荒井由実さんの曲を聞き感銘を受けたばんばさんは最後の曲として荒井由実さんに曲を書いてもらいたいと思いました。荒井さんに会うためにあらゆるつてを探し行き着いたところに、後の御主人となられる松任谷正隆さんを介して荒井さんに書いてもらった曲がこの「いちご白書をもう一度」でした。その時荒井さんは学生運動をテーマとした曲を書きたいという思いがあり、また荒井さん御自身が歌うより他の人に歌ってもらうのが向いているテーマだということでばんばさんに提供したそうです。荒井由実さんもその当時評価されていたミュージシャンでしたがこの「いちご白書をもう一度」の大ヒットで注目され、また御自身の歌「あの日に帰りたい」の大ヒットで一躍全国的に有名な人になりました。
この歌の歌詞の中で特に印象的な部分が二つあります。
 「授業を抜け出して二人で出かけた〜 」
 「就職が決まって髪を切ってきた時 もう若くないさと〜 」
この歌がヒットした時は高校生だったので毎日学校で授業を受けておりましたが、大学生ともなると専門の授業は当然出席していましたけど、教養の授業は単位さえ取れれば出席は特に関係ないというような感覚があり、出欠を取らない授業は出席した人のノートをコピーしそれで試験を乗り切り、授業は抜け出していたことがありました。その時高校生までは平日の午前中は当然学校にいたわけですので、大学生の時に初めて平日の午前中の人々の生活の動きなどに接した時、日曜日の午前中とは全然違う空気が流れていて、何か上手く表現は出来ませんが生活感のパワーと同時に学生の気楽さというのを感じました。
それから後の方の歌詞ですけど、今の若い人には全然わからないと思いますが本当にこの短いフレーズだけで、その時代の背景を十分に示していて見事な歌詞だと思いました。
私の大学生の頃はもう下火にはなっていましたが、1960年代後半から70年代の前半は学生運動が盛んで、始めは純粋に国を思う気持ちから起こった運動だと思うのですが、途中から方向性が変なところになり「連合赤軍リンチ事件」や「あさま山荘事件」などで社会的な事件になっていた頃ですが、その当時の学生運動のシンボル的なところで男子学生は長髪というのが主流でした。それでこの歌詞の「髪を切ってきた時」というのは学生運動を止めて実社会人になるための行為で、それは自分自身が学生運動で反対していた現実社会側の人間に自分が変わるということを意味することであったのです。ですからその後に「もう若くないさと〜」と続くわけなのであります。本当にこの歌詞は見事だと思いました。
私自身はそういう思想的なところは全くなかったのですが、やはり流行していたのと自分の家が美容院であったため散髪に行くのが面倒なこともあり、母に髪を帰省したときに切ってもらっていたため肩にかかるくらいの長髪でした。そういうわけで私も大学4年生の後半に卒業後の進路の面接のため、髪をバッサリと切った経験があるのでこの歌詞はよくわかります。私は軟式テニス部に所属していたので日焼けで顔は黒っぽかったし、長髪のため顔の見える部分も狭かったので、髪を切って鏡を見た時にもみ上げ部分が白っぽかったのでやたら変なコントラストであったのと、やたら顔がでかいなと感じたことを今でもよく覚えています。
ふと先日のテレビよりこのようなことを思い出したので書いてみました。


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2009.05.01

「悲しみに出会うたび あの人を思い出す こんな時そばにいて 肩を抱いてほしいと〜 」
今回は前回の青春つながりでこの歌を題材にしました。私が中学生から高校生の時はテレビドラマで学園ドラマが盛んでした。「おれは男だ」「飛び出せ青春」「われら青春」など毎週放送が楽しみで見ていたものです。そして今ではとても照れるようなセリフですが「Let´s begin とにかく何かを始めよう」や「涙は心の汗だ」というのを聞きながら、テレビに向かって納得していた自分がいました。そこで今回題材としましたこの歌は、中村雅俊さんが「われら青春」のテレビの中で挿入歌として歌われ大ヒットした曲です。オリコンチャートで10週連続第1位を記録しミリオンセラーになった曲です。ですからこのテレビ番組もいかに人気があったのかがよくわかると思います。
中村雅俊さんは「われら青春」のテレビドラマの中で熱血先生役で毎週いろいろと起こる生徒の問題に対して身体を張って親身に生徒と接し、一緒に生徒の悩みを考えていくという内容のものでしたが、その当時私は丁度高校2年生でこのドラマと同じ年齢の時代でしたが、自分の学校にはこのような先生がいないのが残念だと思いながら見ていた記憶があります。冷静に判断すれば毎週そのような問題が起きることは現実にはほとんどありえないことで、平凡に過ごせることはとてもありがたいことなのですが、でもこのような先生がいたらいいのにと思いながら学生生活を過ごしていました。それからこの「ふれあい」のB面の曲も番組の挿入歌としてよく流れました。(若い人にはB面といってもわからないと思いますが、今のCDとは違って昔のレコードは片面だけではなくて両面に曲が録音されており、A面(表の面)がそのレコードの代表で、B面(裏の面)はおまけの曲でした) そのB面の曲は「青春貴族」という曲で、その歌詞にも教えられまた助けられたようなことがありました。その歌詞は次のようなところです。
 「頭の出来はよくないが 心の出来は最高さ 根っから気のいいやつばかり〜 」
 「今はビリでいるけれど 10年先は先頭さ ハートがでっかいやつばかり〜 」
特に後の方で紹介した歌詞は、高校生時代学年が進むたびに授業の内容も難しくなってきてなかなかついていくのがやっとのような状況でしたが、大学入試は3年生の3月にあるのだから今わからなくてもその入試本番までに理解できればいいので、時間はまだたっぷりとあるのだと元気づけられた記憶があります。
中村雅俊さんはその後俳優・歌手などマルチな才能を発揮し今もなお活躍中です。アイドルで女優の五十嵐淳子さんと結婚し、理想の夫婦のアンケートでは毎年ベスト3に入るおしどり夫婦としても有名です。ところがこの前息子さんが大麻所持で逮捕され、涙の記者会見があったことがとても残念でした。どうかご自身のこの歌の次の歌詞の部分を息子さんに伝えて、更生されることを願っています。
 「何気ない心のふれあいが幸せを連れてくる 人は皆ひとりでは生きてゆけないものだから」
最後に青春というのは学生時代のことのように感じていますが、私の中では好奇心が旺盛で新しいものに挑戦したりする心や見知らぬことを知ろうという意欲がある限り青春だと思っています。そしてそのことが心の健康につながり、また身体の健康にもつながることと思っています。


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